ネトウヨ大百科掲示板 409784

ブログ「ネトウヨ大百科」の掲示板です。
コチラでは、ブログの記事についたコメントの中で深堀りしたいと思ったものや旬な話題を取り上げたいと思います。
政治、社会問題、心理学のジャンルであれば、自由にスレを立てていただいて結構です。


リベラルは経営者(リーダー)目線がお嫌い

1:普通じゃない日本人 :

2020/08/04 (Tue) 02:31:32

しばしばリベラルが批判する”経営者目線”。
経営者の都合を内面化させかねない強者の論理と言う理由ではありますが、
一方でこの目線を持たない事は現実的な対応を困難にさせると言う側面もあります。
果たして我々はどのように”経営者目線”と付き合えば良いのでしょうか?

ps 経営者をリーダー等の言葉に置き換えればより幅広い範囲に適用できる様になりそうですね
2:S :

2020/08/04 (Tue) 08:11:43

本来のリベラル(自由主義)は『個(個人)』を『公(社会や組織)』より上に置く。
それによって、公(社会や国、組織)が個人を侵害し、力を持ちすぎ、人を支配して、民主主義を壊すのを防ぐ。
個人の自由主義が保たれてこそ、民主的な社会、組織が保たれる。

私は、本来の意味での右翼や保守主義が絶滅寸前であるように、
本来の意味でのリベラルもまた、崩壊の一途を辿っている絶滅危惧種だと思いますが、
それでも、まだぎりぎりリベラルの矜持が残っているのでしょう。
とはいえ、リベラルの個人主義、自由主義も、行き過ぎればやがて新自由主義どころか、極端になるとアナーキズムと化します。
社会や組織というものは、ある程度私情を殺して、公のために働いている人々によって支えられています。
労働者はその最たる者です。
みんなが好き勝手に『やりたいこと』だけを始めたら、仕事をサボる人が続出し、社会も組織も会社も国も崩壊する。
そうなると、待っているのは本当の弱肉強食社会です。
弱者でも生きられるインフラストラクチャーや社会保障制度を維持運営するには、サラリーマンや公務員、労働者が必要なわけです。
こっちはこっちで、行き過ぎれば公のために個人を犠牲にする、国家主義、社会主義、全体主義のディストピア(ファシズムや共産主義)に行き着いてしまいますけどね。

そして会社にしろ、どのような組織にしろ、あるいは個人的な、家庭を持つにせよ
部下や社員、家族を抱えたら、個の視点のみでは生きられない。
公の視点を持ち、社員のため、部下のため、家族のため、そういった広範な利益のために生きていかなければ、誰のことも守れない。
政治家だってそういう仕事なわけで。
社員を抱えてる経営者なのに個人的利益を追求して、自分は金持ちで遊び暮らしてるのに、社員はブラック労働で薄給・休みもなしだとか、
家族を抱えてるのに自分の快楽を優先して不倫をしたり、家庭を顧みない生き方をしたりだとか、
政治家なのに国民を顧みず、自分の私腹を肥やすことや野心が優先で自分のための政治をするだとか、

個(個人的欲望、快楽)を公(他者の利益、部下や家族、周りの幸福)よりも優先させてはいけない立場というものが、この世にはあります。
親になったり、社長・経営者になったり、上司になったり、政治家になったり
なんらかの『責任者』になったら、責任からは逃れられないのです。

その責任を軽視し過ぎてしまってる、個人主義が行きすぎてしまったり、大人として幼稚な『リベラル(というよりは左派、左翼)』が多いのは事実でしょうね。
そのため、サラリーマン社会、労働者社会の日本では、それら労働層の支持や理解が得られず、自滅していった面もあると思います。
良くも悪くも、昔の学生運動の左翼みたいな、労働者の肌感覚から乖離した、万年学生気分の幼稚さがあるからです。
新自由主義や冷笑系にもこういった『労働者の気持ちがわからない』者が多く、新自由主義、ひいてはリベラル(自由主義)そのものが嫌われていった原因になったと思います。
また、社会に蔓延する『出世したくない』『結婚したくない』『子供を持ちたくない』といったムードも
単に経済的な事情だけでなく、『責任を持たなきゃいけない重荷から逃れたい』空気、風潮があると思います。

そしていま、責任から逃れる風潮が蔓延してると思うんですよね。
『あなたは責任を持たなくていい』『楽になろう』『(親や仕事といった役割の責任を放棄して)自由になろう』といった風潮です。
そういった自分に甘い人だらけになった社会では、責任を負わなきゃいけない経営者目線、リーダー目線の思考とは、当然相容れない。
無責任なクレーマー、無責任な誹謗中傷、
仕事で責任を負う人ばかりが損をして、何も背負ってない人(クレーマー)が言った者勝ちになる。
ストレスでますます、真面目に働く人が減る。
そしてストレスを溜めた人が、責任を負って働く、他人のやること、仕事に難癖をつける。
こういう状況だと日本は本当に崩壊すると思います。
政治家たちもどんどん責任を持たない人物だらけになってきていますし。
3:遠い山並みの光 :

2020/08/18 (Tue) 11:34:28

責任をとらない政治家、
ある日本の最も有名な政治家の口癖は「責任は私にある」でした。
何か不祥事があるたびに繰り返されてきました。
責任は私にある、とは、具体的に何か行動を起こすと言うことではなく、言うだけで何もしないと言う言葉になりはてました。

真摯にうけとめます、丁寧に説明します、も同じです。
こんなに日本語が軽くなった事は初めてです。
最も言葉を大切にしなければならない立場の人が最も軽く言葉を使っています。

日本国民の倫理観は変わってしまったのか。
不正があっても、虚偽があっても、捏造・改竄があっても、えこひいきがあっても・・・何があっても、それはだめだときちんという人間は少なくなりました。

昔は必ず自民党内部から声が上がり、自浄作用がおこりました。
安保の岸に変わって池田、金権角栄にかわって三木、リクルート竹下の時はひとりおいて海部。
宮沢、麻生の時は政権自体がかわりましたが、元自民党の有力者が関わっています。
失政、大きな分裂を招く政策、金権腐敗などがあったら首が飛ぶ、政権を失うという緊張感があったのです。

マスコミもジャーナリズムも全部ではありませんが、問題を起こした政権を正面から批判せず、あるいは批判したとしても表向きで、主には、野党を叩くという形が多くなりました。
“安倍自民も問題あるが、野党がだらしない、野党が倒閣運動に利用している、野党のやり方は稚拙だ、野党も同じ穴のムジナだ・・・” 
政権不正追及の動きは野党を攻撃する言葉に隠れてしまいます。

“権力の監視”という言葉をネガテイブに使うジャーナリストも多くなりました。
また、マスコミ、報道への権力側の有形無形の圧力は戦後最も強くなっているのではないでしょうか。

そんな“小さな”問題ほっておけ、北の核、ミサイル、中国の脅威などという対外問題をことさら叫び立てて、政権の欺瞞をごまかそうという論調も目立ちます。
北、中国は日本の安全保障にとって大問題である事は間違いありませんが、国内政治の矛盾を放置、無視してもいいと言うことにはなりません。

野党の国会での政府批判がなくなったら、与党の利権がらみの不正腐敗。
では一体これ誰が追求するのでしょう。
国民が政権を甘やかし、それを良いことに政権が国民をなめてやりたい放題。
新コロナ対策の緊張感のなさは、その限りない責任感のなさにつながり、積年の悪弊の延長にあります。

野党には与党を緊張させるだけの力をつけてほしいし、なにより、与党内部から、身を正して言葉にきちっと責任を持つ政治家がでてこないと、この国の政治も政治家も劣化していきます。
4:take :

2020/08/22 (Sat) 11:46:26

はっきりした対立構図が生じる問題について経営者目線を強いる場合、ただのパワハラです。
例えば経営者目線だと残業代は払いたくないからサービス残業をしろという場合ですね。
誰の目線かよりゲーム理論的な意味での構造を重視すべきですね。

  • 名前: E-mail(省略可):
  • 画像:

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.